東京地方裁判所 昭和39年(ワ)338号 判決 1966年1月25日
原告 谷島若
右訴訟代理人弁護士 有賀正明
原告補助参加人 馬淵建設株式会社
右代表者代表取締役 谷川武
右訴訟代理人弁護士 谷川八郎
同 川合常彰
被告 高畠興産株式会社
右代表者代表取締役 高畠金蔵
右訴訟代理人弁護士 川合昭三
主文
被告は原告に対し、金八六〇、〇〇〇円および内金七四〇、〇〇〇円に対する昭和三八年八月二日から、内金一二〇、〇〇〇円に対する昭和三九年九月一一日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は一〇分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金一、二〇七、五八〇円および内金一、〇三八、五八〇円に対する昭和三八年八月二日から、内金一六八、〇〇〇円に対する昭和三九年九月一一日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告は、昭和三八年三月一七日午後零時三〇分頃、東京都品川区五反田一丁目先都電通りの歩道上である別紙図面(B)地点(以下単に(B)点という、以下同じ)に立って右都電通りを走る車輌の途切れるのを待っていたところ、訴外藤本一二三の運転するトヨタジーゼル貨物自動車(ダンプカー、多一セ三〇五号、以下被告車という)が(A)方向から急に後退して来て右歩道上に乗り上げ、原告に後部車体を接触させて原告をその場に転倒させたうえ、さらに後退を続けて、後輪をもって転倒した原告の右大腿部を蹂りんし、よって原告に対し、同日から同年八月一日までの間入院加療を要した右下肢広汎剥皮傷兼割創の傷害を与えた。
二、右訴外人は、被告会社の被用運転手で、被告会社所有の被告車を運転して、被告会社の業務を執行中右事故を惹起したものであるから、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条本文にもとづき、原告の蒙った損害を賠償すべき義務がある。
三、原告が、右受傷により蒙った損害は次のとおりである。
(1) 金二一一、八八〇円 入院治療費
原告は、前記のように昭和三八年三月一七日から同年八月一日まで東京都品川区五反田五丁目五五番地関東逓信病院に入院し、入院治療費として右金員を支払った。
(2) 金一二七、七〇〇円 看護料等
原告は、右入院中附添看護人を傭い、看護料金として金一二七、〇〇〇円、受付手数料として金七〇〇円を支払った。
(3) 金一六八、〇〇〇円 温泉治療費
原告は、前記のように入院治療を受けたが右下肢に広汎な瘢痕が残り、ときどき浮腫をきたして足が重くなり、歩行に困難を生じ、かつ冷えると右下肢全般にわたって鈍痛があるので、医師に奨められて次のとおり箱根塔の沢の紫雲荘に宿泊して温泉治療をなし、宿泊費として合計金二一〇、〇〇〇円を昭和三九年九月一〇日支払った。
(イ) 昭和三八年八月一五日から同年九月二〇日まで三七日間、一泊三食付一、五〇〇円の割合で合計金五五、五〇〇円
(ロ) 昭和三九年二月一日から同年三月二〇日まで四八日間、一泊三食付一、五〇〇円の割合で合計金七二、〇〇〇円
(ハ) 同年七月一八日から同年九月一〇日まで五五日間、一泊三食付一、五〇〇円の割合で合計八二、五〇〇円
右(1)(2)(3)合計金二一〇、〇〇〇円から原告が湯治に出かけなくても支出したであろうところの一日金三〇〇円の割による一四〇日間の食費合計金四二、〇〇〇円を差引いた残金一六八、〇〇〇円を損害として請求する。
(4) 金八〇〇、〇〇〇円 慰藉料
原告は、前記受傷後直ちに関東逓信病院に運び込まれ、そのまま入院して外科手術を施されたが、非常な重態で、術後一三時間三九度C以上の高熱が持続し、一時は右脚切断の危険もあったが、持ち直して昭和三八年八月一日退院し、その後通院治療を続けて今日に至っている。
しかしながら現在なお患部が瘢痕性右膝関節強直および浮腫を生じていて、そのため座ることができず、かつ歩行に当っても必ずしも正常でない常態にある。そして、右事故の発生につき原告の責に帰すべき事由が全く存しないことを考えると原告が本件受傷により蒙った肉体的・精神的苦痛に対する慰藉料額は金八〇〇、〇〇〇円が相当である。
四、以上合計額は金一、三〇七、五八〇円となるところ、原告は自動車損害賠償責任保険金一〇〇、〇〇〇円を受領したので、被告に対し残金一、二〇七、五八〇円および内金一、〇三九、五八〇円に対する昭和三八年八月二日から、内金一六八、〇〇〇円に対する昭和三九年九月一一日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
原告補助参加代理人は、次のとおり述べた。
一、補助参加人は、昭和三八年二月頃、「白金軌道工事」を訴外日満興業株式会社に請負わせたところ、同訴外会社は右工事のうち一部をさらに被告会社に下請させたもので、本件事故は被告が右再下請工事中に発生したのであるから、被告車を運行の用に供していたものは被告である。
二、本件事故について、損害賠償義務を負うものが被告であることは、本件事故発生直後補助参加人の東京営業所長である訴外岩屋実、訴外日満興業株式会社の本件工事の現場監督者である訴外音川哲三郎および被告会社の社員である訴外小木田徳治の三者による話合いの席上、右訴外小木田も明言していたところであって、今に至って被告に責任はなく、補助参加人に責任があると主張することは理解に苦しむところである。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。
(請求の原因に対する答弁)
一、第一項中原告主張の日時に訴外藤本一二三の運転する被告車が後退するに際して、原告に接触し、原告に傷害を与えたことは認めるが、その余の事故発生地点、受傷箇所等は争う。
二、第二項中右訴外人が被告の被用運転手で、被告車が被告の所有であることは認めるが、被告の業務執行中であったことは否認する。
被告車は本件事故当時訴外馬淵建設株式会社に賃貸中であったもので、被告としては被告車の運行についてなんら支配力を及ぼし得る関係になく、運行に関する注意義務を要求される立場になかった。したがって被告は自動車損害賠償保障法第三条に謂うところの「自己のため自動車を運行の用に供する者」に該当しない。
(免責の抗弁)
仮りに右主張が理由がないとしても
一、前記訴外藤本一二三に過失はなかった。すなわち本件事故当時(B)地点方面には道路改修等の残土があり、訴外藤本一二三は右残土積取りのため本件現場に来たものであるが、たまたま当時(B)地点では他のダンプカーが残土を積込中であったため、訴外人は(A)地点に車の前部を五反田駅方面に向けて停車し、車から降りて(B)地点で他のダンプカーの積込をみていたところ、そのうち右車の積込が終り発車したので、(A)地点の自己の車に帰り通行人のないことを確かめたうえ、バックミラーおよび車の窓から後方を注視しつつ、(B)地点方面に向けゆっくり後退をした。ところがその際原告が(D)方面から(E)地点にある花屋に行こうとして急ぐあまり×地点を通り真直ぐ右花屋に行くため右車の後方に飛出してきたため、×地点において右車の左側後部が原告に接触し、本件事故が発生したもので、本件事故発生地点は×地点であって、道路の中央よりやや(B)地点に寄った箇所である。
本件現場には別紙図面記載のように(B)点近くに横断歩道があるのであるから、原告としては、(D)方面から(E)地点の花屋に行くためには本件道路の右端を通ったうえ、右横断歩道を通るよう心がけるべきであるのにかかわらず、かかる通行方法をとらず、前記のように本件道路の中央に近い×地点を通って真直ぐ花屋に行こうとしたため発生した事故であり、しかも被告車は前記のとおりゆっくり後退していたのであるから、原告において道路の左右をみて少しでも注意すれば、被告車およびその進行状態を確認することは充分可能であり、かかる注意をすれば本件事故は充分回避し得られた筈であったにもかかわらず、原告はかかる些細な注意すら怠ったため本件事故が発生したものである。
一方被告車の賃借人である訴外馬淵建設株式会社としても本件の如き場合には現場に自動車の誘導者をつける等事故防止のため万全の措置を講ずるべきであったのにもかかわらず、漫然運転者のみの判断にまかせた過失があったのである。いずれにしても本件事故は原告および訴外馬淵建設株式会社の過失によって発生したものであって、訴外藤本には責任はない。
二、また被告会社には被告車の運行に関し過失はない。すなわち訴外藤本は昭和三七年一〇月一日自動車運転者として被告会社に勤務したものであるが、既に四年にわたり自動車運転の経験があり、また従来一回も事故を起したこともなかった。しかも被告会社は自動車運転者の勤務時間等についても充分注意し、過重労働となり疲労その他による事故を起さないよう注意監督していた。したがって被告会社にも過失等はない。
三、そのうえ被告車にはなんら構造上の欠陥または機能の障害はなかった。
(過失相殺の抗弁)
仮りに、右主張がいずれも理由がないとしても、前記のとおり原告には重大な過失があったのであるから本件賠償額の算定にあたっては右原告の過失も充分斟酌さるべきである。
(証拠)≪省略≫
理由
一、原告主張の日時場所(但し接触地点を除く)で、訴外藤本一二三の運転する被告車が原告に接触したことは当事者間に争いがない。
二、原告および補助参加人は被告車の運行供用者は被告であると主張するのに対し、被告は原告補助参加人であると主張するのでその点について判断する。
被告車が被告の所有であること、訴外藤本一二三が被告の被用運転手であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、被告はダンプカーの賃貸と重機械の運搬を業とする株式会社で、本件当時も被告車を原告補助参加人から、同会社が東京都から請負った白金軌道工事をさらに一括下請した訴外日満興業株式会社に賃貸していたものであること、訴外会社とは被告車の使用目的が残土運搬であることを了承のうえ、運転手づきで賃料は時間貸で一日金六、〇〇〇円と定めて賃貸したが、運転手と被告車は原則として通いで、作業状況については運転手から一週間毎に作業日報を被告会社に提出させていたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
そうだとするならば、作業現場における具体的作業についての指揮監督権を訴外日満興業株式会社が有していたとしても、被告は運転手である訴外藤本一二三を通じて本件被告車の運行に対する支配権を失っておらず、また運行利益も収めていたものというべきであるから、訴外日満興業株式会社がともに運行供用者の地位に立つか否かはともかくとして少くとも被告は自動車損害賠償法第三条に謂うところの運行供用者に当るものといわざるをえない。
したがって、被告は右法条にもとづきその主張の免責事由が立証されない限り本件事故によって原告の蒙った損害を賠償すべき義務がある。
三、そこで、被告主張の免責事由について判断する。
まず、訴外藤本一二三の過失の有無について判断するに、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。
本件事故現場は、芝白金方面から五反田駅前に通ずる幅員二五米の都電通りと池田山方面から五反田有楽街方面に通ずる道路との交差点で、右五反田有楽街側の交差点の幅員は約二三米あること、訴外藤本一二三は前記日時に別紙図面(B)地点(以下単に(B)地点という、以下同じ)の南側に堆積されていた残土を運搬すべく、被告車を運転して本件事故現場に至ったところ、(B)地点には他の車輌が残土を積込中であったので(A)地点附近に被告車を停車させ、(B)地点の他の車輌の処に行って同車の運転手と雑談しているうち同車が積み終ったので、急いで被告車に戻り、警音器を吹鳴せず、また他に誘導を依頼することなく、時速約五、六粁で一気に後退を続けたため、たまたま五反田有楽街方面から歩行して来て都電通りを横断すべく×地点附近に立って車の流れが途切れるのを待っていた原告に被告車の左後車輌を接触させるに至ったものであることが認められる。
原告は接触地点はB地点附近の歩道上であると主張し、検証の際原告本人は現場においてその旨の指示をしたが、同指示は前記各証拠に照らして措信することができず、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定事実にもとづいて考えるに、本件のような交差点でダンプカーの如き大型車を後退させるに当っては誘導者をつけるか或いは警音器を吹鳴しながら小刻みに後退を繰り返し、後方の安全を充分に確めて後退すべき注意義務があるのにかかわらず、訴外藤本一二三は前記認定のように、これらの義務を怠り警音器を吹鳴せず、誘導者をつけることなく一気に後退を続けたため×点に佇立していた原告に気づかず、本件事故を惹起するに至ったもので、同訴外人の過失が本件事故の要因をなしているものといわざるをえない。
前記≪証拠省略≫によると、訴外藤本一二三は、被告車に戻るときあたりを見廻し、後退するときも運転席から首を出したり、バックミラーで後方の安全を確認しながら後退したというが、本件事故が現実に発生しているところからしてその供述は必ずしもそのまま信用することができず、また仮りにそれが信用できるとしてもその程度の注意では足りず前記のような安全確認の方法をとることが要求されるのであって、右供述の存在は前記結論をなんら左右するものではない。
したがって、被告主張の他の免責要件について判断するまでもなく、被告の免責は成立しないものといわざるをえない。
四、そこで進んで損害について判断する。
(1) 入院治療費
≪証拠省略≫によると、原告は本件事故により右下肢が高度に腫脹し、縫合部皮膚は壊死に陥ち、その後右脛骨前面に広汎な不良肉芽創を形成、同年七月一〇日漸く肉芽創が良好となって来たので植皮術を施行、同年八月一日退院するに至ったが、その間の入院治療費として同日金二一一、八八〇円を同病院に支払ったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
(2) 看護料等
≪証拠省略≫によると、原告は前記入院期間中鈴木看護婦家政婦紹介所を通じて附添婦を依頼し、同年八月一日看護料金として金一二七、六三〇円、紹介所に対する受付手数料として金七〇円合計一二七、七〇〇円を支払ったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
(3) 温泉治療費
≪証拠省略≫によると、原告は前記認定のように昭和三八年八月一日退院したが、植皮手術等のため癈痕性右膝関節の軽度強直および浮腫が残り、その後もときどき浮腫を来して足が重くなり鈍痛を感ずるので、同年八月一五日から同年九月二〇まで三七日間、昭和三九年二月一日から同年三月二〇日まで四八日間、同年七月一八日から同年九月一〇日まで五五日間合計一四〇日間いずれも箱根塔の沢所在の紫雲荘に温泉治療に出かけ、その間の宿泊費等として合計金二一〇、〇〇〇円を同年九月一〇日支払った(右金員を右の日に支払ったことは当事者間に争いがない)ことが認められる(他に右認定を左右する証拠はない)ところ、右金額中から原告が温泉治療に出かけなくても、支出したであろうところの一日金三〇〇円の割による食費合計金四二、〇〇〇円を差引くことは原告の自陳するところであるから、原告の温泉治療による損害はその差額金一六八、〇〇〇円となる。
五、被告は、本件事故の発生につき原告にも過失が存在するから、損害額の算定につきこれを斟酌すべきであると主張するので、その点について判断するに、≪証拠省略≫によれば本件交差点には別紙図面記載のようにB点の近くに横断歩道が設けられており、かつ都電通りは歩車道の区別が画然としているにかかわらず、原告は前記三において認定したように×点に佇立していたもので、しかも被告車はそれ程の速度で後退進行して来たわけではないから今少し左方に対する注意を払ったならば本件事故の発生は防止しえた筈で、その点において原告の過失の存在も否定することはできない。しかして右過失と前記訴外藤本一二三の過失との比率はほぼ七対三と認められるから前記各認定の損害額中被告にその責を負わすべき額は、入院治療費として金一五〇、〇〇〇円、附添看護料等として金九〇、〇〇〇円、温泉治療費として金一二〇、〇〇〇円がそれぞれ相当と認められる。
六、慰藉料
原告本人尋問の結果によると、原告は今なお右足が充分に上らず、浮腫があって鈍痛を感じ、ふくらはぎがつれて親指が曲がり痛くなることもあるうえ長歩きができない等の障害が残っていることが認められ、右事実のほか前記認定のような受傷の程度、事故の態様等諸設の事情を考慮するならば、原告の過失を斟酌しても原告が本件事故によって賠償を求め得べき慰藉料額は金六〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。
七、しかして、原告が本件事故による自動車損害賠償責任保険金として一〇〇、〇〇〇円を受領したことは原告の自陳するところであり、右保険金額の査定に当って前記認定のような温泉治療費を損害として算定しないことは当裁判所に顕著な事実であるから、右保険金は温泉治療費を除くその余の損害合計金八四〇、〇〇〇円に充当されたものというべきである。
八、以上の次第であるから、原告の本訴請求中七、の残額金七四〇、〇〇〇円ならびに五、の温泉治療費金一二〇、〇〇〇円合計金八六〇、〇〇〇円および右内金七四〇、〇〇〇円に対する弁済期日後の昭和三八年八月二日から、内金一二〇、〇〇〇円に対する弁済期日後の昭和三九年九月一一日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを正当として認容し、その余の部分は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 小川昭二郎)